鹿児島の夜に思い出した、あの日からの15年
先日、出張で鹿児島を訪れたときのことです。
仕事を終え、ふらりと立ち寄った小さな居酒屋で、
店主の女性が何気なく聞いてくれました。
「どこから来たの?」
「福島です」と答えると、
その場の空気が少しだけ変わりました。
そこから、思いがけず
東日本大震災の話になりました。
その場にいた一人の男性は、
かつて警察官として南相馬に派遣されていたそうです。
「あの光景は、今でも思い出すと涙が止まらないんです。」
そう言って、声を詰まらせました。
もう一人の青年は、
当時小学生だったそうです。
「正直、当時はよく分からなかったんです。
だからこそ、当事者の人の話を聞いてみたかった。」
真っ直ぐな目で、そう話してくれました。
店主の女性は静かに言いました。
「直接できることは何もなかったけれど、
こうして知って、応援することはできるよね。」
遠く離れた鹿児島で、
こんな風に福島のことを覚えていてくれる人たちがいる。
そのことが、胸にじんわりと広がりました。
震災から15年。
当時子どもだった世代が大人になり、
あの日の記憶は少しずつ、
けれど確実に遠くなっていきます。
震災なんて、起こらなければよかった。
失ったものの大きさは、
今でも簡単に言葉にはできません。
それでも、
あの出来事がきっかけで
私は地元・福島に戻りました。
そして、
完熟桃という守るべきものに出会いました。
規格や流通の事情で
十分に価値が届かない桃。
本当はとてもおいしいのに、
行き場を失ってしまう桃。
それを見たとき、思いました。
「これは、なんとかしなきゃ。」
そこから夢中で走った10年でした。
まだまだ道半ばです。
でも、鹿児島で出会った彼らのように
忘れないでいてくれる人がいる。
知ろうとしてくれる人がいる。
それだけで、
また前に進む力をもらえる気がします。
あの日を忘れない。
その痛みを抱えたまま、
今ここにある当たり前の日々に感謝して、
できることを精一杯やる。
福島の桃を育て、
その価値を届けていく。
それが、
あの日から始まった私の生きる道なのだと、
遠く離れた鹿児島の夜に、
あらためて教えられた気がしました。
福島には、桃がある。
その桃の価値を、未来へ。